
去れ人は、尊皇奉仏を似て、世に立されば安心立命の基礎薄弱となり社会の潮流に彷徨して一身一家を奉山の安きに置く能わず人誰か家内安全子孫繁栄を願わざるものあらんや抑々成田山不動明王は、弘法大師一刀三礼敬刻開眼の御尊像にして、嵯峨天皇の勅願により寛朝大僧正関東に下向し、公津が原において、平将門調伏の修法をされてより、一千有余年下総国成田に滞り、皆々様信徒各位の御尊信を受け今や世界に名たる霊場となるに至りました。
尊き聖夢により房総の彼方に修行の場をとの啓示を受けるに至る不思議なる瑞祥で、房総を行脚している途中、霊気立ち上る一山を見るに至り、この地に不動明王をご本尊とした修験道場を作る事こそ、自分の務めと悟った、初代吉岡宗観により、千葉県君津市旧野中に聖地約1万8千坪を取得し、建立の地として造成工事を始めると共に、当寺「成田山修験大教会上総寺」の設立のご承認を成田山新勝寺より賜りました。
その後、二世吉岡宗観は、平成12年三月に志半ばにて、ご本尊不動明王のご加護のもと旅立ちました。二世の喪に1年服した後、平成13年4月の再興祭を経たのち、現在建立に向けて邁進しております。
房総半島の中心部、小櫃川の清流を集める、亀山湖・亀山ダムを見おろす山紫水明たる霊地であります。
その地は、国司が勅命によって一寺を創建しェ朝僧正が調伏秘法を報修した公津ヶ原に緑も深い房総半島の中心地、 南には日蓮上人ゆかりの清澄寺あり、西には聖徳太子の創建にかかわる神野寺があり、更に東には古き伝説に有名な養老渓谷がある等、 四周一体が神仏の霊格が誠に高き所で、寺院建立には最適の地であります。
房総半島の中心部、小櫃川の清流を集める、亀山湖・亀山ダムを見おろす山紫水明たる 霊地であります。 その地は、国司が勅命によって一寺を創建しェ朝僧正が調伏秘法を報修した公津ヶ原に緑も深い房総半島の中心地、 南には日蓮上人ゆかりの清澄寺あり、西には聖徳太子の創建にかかわる神野寺があり、更に東には古き伝説に有名な養老渓谷がある等、 四周一体が神仏の霊格の誠に高き所で、寺院建立には最適の地であります。
不動明王とは悪魔を降伏させるために恐ろしい姿をされ、すべての障害を打ち砕き、おとなしく仏道に従わない者を 無理矢理にでも導き救済するという目的を持っておられ真言宗の教主「大日如来」の使者です。 お姿は目を怒らせ、右手に宝剣を持ち、左手に縄を持つ大変恐ろしい姿をしておられますが、そのお心は人々を救済しようとする厳しくも優しい慈悲に満ちております。
当寺の不動明王は、800年以上前の正治2年(西暦1200年)に仏師により作られたと言われており、一世大教正 吉岡により当寺に古くから祭られていたものです。
| 2011.10.12 | 成田山上総寺.com 開設 |
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成田山修験大教会上総寺
管主 向井 慈空
座右の銘
宗論はどちらが勝っても釈迦の恥